山口地方裁判所 昭和34年(レ)92号 判決 1960年4月21日
控訴人 藤井了
被控訴人 日本電信電話公社
訴訟代理人 加藤宏 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人等は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の陳述並に立証関係は次に附加するの外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴人は当審において甲第四号証を提出し、被控訴代理人等は甲第四号証の成立を認めると述べた。
理由
控訴人の主張によれば、控訴人が昭和三十二年十二月二十六日福岡県八幡市本城大浦九四〇の四弘洋子に宛て、山口県熊毛郡熊毛郵便局より第百六十五号電報を以て、「二七日行く頼むカヅエ」なる電報の伝送、配達を被控訴人に委託したところ、右電報は右宛名人に配達されず、因て控訴人は金額一万円相当の損害を蒙つたものであつて、右損害は被控訴人の被用者である折尾電報電話局電信外務職梅下敏行が故意過失により右電報を配達しなかつたことに基因したものであるから、被控訴人は民法第七百十五条の規定により右集配人の不法行為につきその責に任ずべきものであるから被控訴人に対し損害の賠償を訴求すると謂うにある。
控訴人が右主張の如き電報をその主張の日被控訴人所轄局にその伝送、配達を委託したが結局右電報がその宛名人に配達されずに終つたことは、被控訴人においても争わないが、被控訴人はこのような役務不提供により生じた日本電信電話公社(以下単に公社と略称する)の損害賠償は公衆電気通信法第百九条第一項第一号の規定によるべきであつて、その外に公社は民法不法行為による損害賠償の責任を負担するものでないから、民法不法行為に基く控訴人の本訴請求は事実の確定を俟つまでもなく失当である旨抗争するので、先ずこの点について審究する。
公衆電気通信役務の不提供により生じたる公社の損害賠償につき、公衆電気通信法第百九条第一項第一号によれば、「電報が速達の取扱とした郵便物として差し出したものとした場合におけるその郵便物が到達するのに通常要する時間(翌日配達電報にあつては、二十四時間を加算した時間)以内に到達しなかつたときは、その電報の料金の五倍に相当する額」と規定せられてあつて、右規定に謂う、電報が右所定の時間以内に到達しなかつたときとは、電報が右所定の時間を遅延して配達された場合に限らず、電報をその宛名人に配達することを得ざるに至つた場合をも包含するものと解するを相当とするから、電報がその宛名人に配達されずに終つたことによつてその差出人に生じた損害に対する公社の賠償も右規定の適用を受けるものであることが明らかである。
然し更に進んで右の如く電報がその宛名人に配達されなかつた一切の場合の損害賠償が右規定によつてのみなさるべきか或は更にその外に民法不法行為の規定の適用があるかどうかについては問題の存するところであるが、惟うに、公衆電気通信法第百九条第一項によれば公社は公衆電気通信役務を提供すべき場合において、その提供をしなかつたため、利用者に損害を加えたときは、同条所定の要件に該当する限り、同条所定の額を限度とし、その損害を賠償する旨規定せられてあつて、公社が電報差出人に対し損害賠償するのは同条列記の場合に限るとして、その要件を限定している右規定の文詞自体、並に公衆電気通信事業が公益的性質を有し、その役務の提供が日常継続的に行われ、短時日のうちに大量の事務処理が集団的に且つ迅速、画一的に、而も安い料金を以て行われる右事業自体の特殊性に顧み、法は一方では公社に無過失損害賠償責任を負担させることによつて、利用者の保護を図るとともに、他方で契約の内容就中その責任(損害賠償)の要件乃至額を制限或は定型化して、法律関係を簡明にすると同時に公社惹いては右事業自体の保護を図る趣旨に出たものと解されるのであつて、これによれば公衆電気通信法の右規定は後段説示の如くその規律する限度において一般法である民法不法行為の規定に対し特別法の関係に立ち、従つて、この限りにおいて、電報がその宛名人に配達されなかつたことによつてその差出人に生じた損害につき公社がなす賠償は公衆電気通信法の右規定によるべきであつて、この点につき民法不法行為法の規定の適用がないものと解するのが相当である。
然し又、前記の如く公衆電気通信法が公社の責任の要件乃至額を制限或は定型化している法の趣旨に照らせば、右は通常の義務不履行の場合(軽過失による義務違反がその典型的場合である)を予定していることを否定できないのであつて、この限度において民法不法行為法の適用を排斥するも、不法行為の場合も含む義務不履行一切の場合につきその原因の如何を問わず公衆電気通信法の適用あるのみとし、公社をして同法の定める軽減的責任(責任額制限)に規制するならば、著しく不当な結果を招来し衡平の原則に反することとなるから、義務違反が公社又はその被用者の悪意(故意)又は重大なる過失による場合には、民法不法行為の規定によりこれと相当因果関係にある一切の損害を賠償する責任を負担するものと解すべきである。
よつて本件電報がその宛名人に配達されなかつたことが公社又はその被用者である梅下敏行の悪意又は重大なる過失による義務違反によるものであるかどうかについて判断する。
(一) 本件電報の宛名に記載された住所及び氏名が、八幡市本城大浦九四〇の四弘洋子なること、次いで控訴人が右電報の伝送配達を委託した翌二十七日右宛名に、弘昭典方弘洋子と追加され、且つ「一週間位前に新築した山の下の一軒家」と補充されたことは当事者間に争がなく、而して当時弘洋子が右電報に記載された住所に居住していたことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない。
(二) 原審証人下坂武雄、同梅下敏行の各証言並に原審における検証の結果によると、八幡市本城大浦は戸数約五、六十戸程から成る村落で、八幡市折尾の市街地域からはずれた西北方に位置し、折尾に通ずる道路は鹿児島本線をはさんで西に一本、東に二本あり、(以上の道路を以下便宜西道路、中間道路、東道路と称する)、而して本件弘洋子宅は折尾の市街地域内に在る折尾電報電話局より右中間道路を北方に進んで約七百米程の地点に在り、その場所は小高い丘を拓り開いて作つた奥まつたところで、直ぐ裏側(北側)から山林となつていて、前記中間道路に出るには距離約四十六米程の小径を通らねばならない袋地の如きところにあつて、その間には民家が数軒密集し、探し難き住宅であること、
次に原審証人熊田久江、同鹿子島嘉千子、同高橋美佐江、同森田武男、同杉浦愛子、同下坂武雄及び同兼田重人の各証言を綜合すると、弘洋子宅は昭和三十二年十月中旬頃棟上げを終え、同年十二月中旬頃完成し、間もなく弘洋子がその夫弘昭典とともに入居してきたものであつて、本件は右入居後僅か一週間位しか経過せず、そのため本件当時には右住宅には右訴外人等名義の標札も掲げてなく、住民登録の手続も未だ経てなかつたこと、而して近隣との交際も未だ広くなく、近隣の者の中にもその氏名を知らなかつた者も居り、又所轄駐在所の巡査も右訴外人宅を知らなかつたこと、
(三) 原審証人梅下敏行、同兼田重人の証言によると、本件電報は昭和三十二年十二月二十六日午後四時頃折尾電報電話局において受信し、直ちに担当の職員梅下敏行が他の本城大浦方面の電報五、六通を併せてこれが配達することとなつたものであるが、右梅下は本件電報の宛名に心当りがなかつたので、従来の慣行に従い折尾郵便局に赴き本城大浦地区担当の郵便集配人に問い合わせたが判明せず、そこで同日午後五時頃現地に赴き大浦地区内の主な民家三箇所で宛名の有無を尋ね合わせた(この際弘洋子宅に入る前記小径の角家敷になつている杉浦宅でも尋ねた)が結局徒労に帰したので、本件電報を局に持ち帰り、配達不能の取扱をなし、直ちに控訴人宛保管通知をしたこと、
次いで翌二十七日折尾局配達指達指導主任兼田重人は本件電報が配達先不明となつていたので、折尾郵便局に赴き本城大浦地区担当の郵便集配人につき本件電報の宛名を調査し、又輩下の職員をして八幡市役所折尾支所で住民登録の有無を調査したが、何れも徒労に帰したこと、
他方本件電報の発信局からその宛名につき前記(一)のとおり追加補充の連絡があつたので前記梅下はこれに基き再び西道路周辺を調査したが判明しなかつたこと、
以上の各事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。而して以上認定の各事実によつて考えれば、本件電報がその宛名人に配達されなかつたことについて被控訴人又その職員である梅下敏行に悪意(故意)はもとより重大な過失ありということはできず、他に悪意又は重大な過失のあつたことを認めるに足る証左は全然ない。
然らば民法不法行為を原因としてその賠償を求める控訴人の本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当として排斥すべきものであり、之れと同旨に出でて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由なく、民事訴訟法第三百八十四条により失当として棄却すべきものである。よつて控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菅納新太郎 松本保三 田辺康次)